「大自然に恐れ入る。」
いつものように石を蛍光検査用の紫外線照ボックスにいれてスイッチを押しました。「えっ、赤い!」 宝石は2.5カラットサイズのピンクダイヤモンド。その石をチェックしている時に物語は始まりました。天然のピンクダイヤモンドの蛍光は通常青色です。肉眼とルーペの拡大で天然のピンクを確信していたので、赤色の蛍光に一瞬で体に緊張が走りました。赤色の蛍光は放射線照射処理の特徴です。この処理のカラーダイヤモンドは天然ではレアなほど濃い色が一般的ですが、このダイヤモンドは上品なうっすらピンクです。もしかしたら*全ての天然ピンクダイヤモンドのうち約0.5%しかないと言われている「*ゴルコンダピンク」なのでは。天然のピンクダイヤモンドは塑性変形と言う格子結晶のゆがみが発色の原因です。一方「ゴルコンダピンク」は稀少な*TypeⅡ型ダイヤモンドの中でも「*NVセンター」と呼ばれる欠陥からピンク色を発します。そしてその蛍光は赤色です。後の検査で「ゴルコンダピンク」であることが判明し、緊張と不安が期待と喜びに変わり満たされた結果となりました。
ピンクダイヤモンドと同時期に不思議なエメラルドにも出会いました。「えっ、合成?」今度はあるエメラルドをルーペで見ている時に始まりました。透明度が非常に高い少し淡いグリーンのエメラルドです。その内部を覗いていると見たことのないインクルージョンが直ぐに目に入ってきました。まっすぐ引いた直線の上に×(バツ)が整然と並んでいて、横から見ると綺麗な螺旋を描いています。とても自然に出来たものに見えず、まずは合成エメラルドを疑いました。エメラルドに付きものの亀裂も殆どなく、もちろんオイルや樹脂の含浸の痕跡も見えないので尚更怪しい。会社のジェモロジストと一緒に穴が空くほど眺めていると、どこかで見た覚えがある気がしてきました。暫くすると、ジェモロジストが*宝石インクルージョンの写真集の中から探し出しました。「そう、これこれ。」それはコロンビア産エメラルドの特徴の一つの「*ヘリカルインクルージョン」と言われるものでこのように綺麗な螺旋を描くのは極稀であることがわかりました。殆ど亀裂がない3.5カラットサイズのエメラルドは後にコロンビア産No Indication of Clarity Enhancement(透明度改善の痕跡を認めず)の無処理の鑑別結果を得ることになりました。
同時期に稀少なタイプのピンクダイヤモンドと稀少なインクルージョンを持つエメラルドに出会ったのも運命と思い、二つを使ってトワエモアタイプ(toi et moi)のリングに仕立ててみました。大自然の創造した宝石は人智の及ばない存在であることを改めて思い知らされました。
*全ての天然ピンクダイヤモンド
GIAのカラーダイヤモンドレポートのデータベースにある全ての天然ピンクダイヤモンド
*ゴルコンダピンク
有名なインドのゴルコンダと必ずしも関係があるとは言えない。
*TypeⅡ型ダイヤモンド
殆どのダイヤモンドは僅かに窒素を含んでいる(TypeⅠ)、機器で検出できない殆ど窒素を含まない純粋な炭素の結晶に近いタイプのダイヤモンドで全体の2-3%と言われている。
*N+V(NVセンター)格子内の窒素原子に隣接する炭素原子の欠落による欠陥。*ヘリカルインクルージョン
Hericalとは螺旋を意味する。Spiral Inclusionとも。
*宝石インクルージョンの写真集
「宝石 小宇宙を科学するⅠ」志田淳子著 全国宝石学協会出版